4月21日付 山梨日日新聞に北海道大学准教授の中島岳志さんの「大震災 喪失と出会い」
という文章が掲載されていました。
調べましたら、共同通信社配信ということで、日付は前後しますが、全国の地方紙に掲載
されているようです。
文章は、ご自身の20歳ころの体験から、始まります。
阪神大震災を20歳頃に体験し、1ヵ月後に神戸の町に行ってみた氏は、空き地で凧揚げを
しているおじいさんが気になって声をかけた。
「いつもここでたこをあげているんですか?」
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「地震でな、家内を亡くしてな。なんかこうやってたこをあげとると、手を握ってる感じがするねん」
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3月11日のあの日から1ヶ月以上が過ぎました。本当に大勢の方々が、肉親を亡くしました。
毎日のように世界中で繰り返されていたはずの縁者との別れですが、
今回ばかりは、余りにも短時間の中で余りにも多くの別れを経験しましたので、
社会全体として喪失感が共有化されているようにおもいます。
地震関連の記事を読むたび、現地の映像が流れるたびに、とめどなく涙が流れてきます。
亡くなる前のあなたと私。同じ肉体を持ち悩みや希望を持っている生者同士の関係は、
どこかに不可侵の領域を持つ、具体的な肉体同士の不透明さのある関係。
あなたが、生者から死者という透明な存在になったことで、私が望むと望まざるとに
かかわらず、あなたは私の心の中に、何の前触れもなく突然に、自由にやってきます。
あなたが生者であったときには、隠しおおせた秘密の部分も、透明な存在のあなたからは
隠し続けることはできないのです。
あなたが訪れたことに気付かないふりをして防御の無表情を装うこと・・・
隠しおおせないことを悟って、真摯にあなたと向き合うこと・・・
そのどちらかを選択する決断に迫られています。
そして、生き残った私と死者となったあなたとの、新しい関係が始まったのです。
言い古された言葉だけれど、「私の心の中にあなたが生き続けていく」のです。
そして私もいつか必ず、あなたと同じように死者となって、生者である縁者との
新しい関係を築いてゆくのでしょう。

妻を亡くした旦那さんが、まだ幼い娘に
「お母さんは透明になっていつもあなたを見守っているよ」と言い聞かせた話や、
亡くなった息子の代わりに行方不明のままの教え子を探して歩いているという父親の話など・・・
マスコミを通じて伝わってくる被災した方々の断片的なエピソードが、思い起こされます。

時々私のイメージの中に、東北の青空を、天に向かってゆく本当に数え切れない大勢の方々の
姿が浮かぶことがあります。
お仕着せの信仰ではない、日本の風土のなかにあるキリスト者としての信仰のイメージが
少しだけですが具体的に見えてきそうな予感があります。
中島岳志さんの「大震災 喪失と出会い」の記事全文は、こちらのブログに引用されています。
夢で会いましょう ~民宿Dubian~
まだ読んでいない方は、ご一読をおすすめします。
こんばんは、いつも有難うございます。
>「地震でな、家内を亡くしてな。なんかこうやってたこをあげとると、手を握ってる感じがするねん」
写真の男性の背中が妙に印象的でした。今生きていること、大切に行きたいですね、生きていることに感謝しています。
meganeさんへ
いつもありがとうございます。
>今生きていること、大切に行きたいですね、生きていることに感謝しています。
向こうの世界のことはわかりませんが、
こちらにいる限り、生きることに誠実でありたいと、思いますね。